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 アニマル劇場
   アニマル店長のおもしろ小話


私は現在色々な動物たちに囲まれて生活してます。
動物たちの世話は毎日それなりに大変ではありますが
それぞれの良いエネルギーで飼主を幸せにしてくれます。

現在の動物の飼育には幼少の頃の動物たちとの経験が大きく役に立ってます。
私は幼稚園の頃から色々動物を飼ってました。
母親が趣味でグッピーを増やしたり、蚕を飼っていたりしたので
動物飼育に障害なく入れたのだと思います。

両親は基本的に私の動物飼育に賛同してくれました。
小学生の頃に一時的に飼っていたシマヘビが逃げ出した時も
ちょうど近所に来ていた魚屋さんに「子供のペットなんです」と頼んで回収してくれたくらいです(笑)

小学生の頃はお小遣いも限られていたので、簡単なのは野外採集です。
当時私が住んでいた練馬区はキャベツ畑と栗林に囲まれており
夜に二回ほど社宅団地を一周するとカブトムシやクワガタ、カミキリムシがたくさん取れました。

お百姓さんに怒られながらも栗林の木を蹴飛ばすとノコギリクワガタやミヤマクワガタが
ボトボト落ちてきたものです。
私はでかいカミキリムシで友達の耳を噛ませて親に大目玉をくらいました(笑)

カマキリの卵をいっぱい取ってきて親に内緒で押入れの中に入れてました。
子供なのでそんなことも忘れていて、ある朝起きると部屋中がかわいいミニカマキリたちでいっぱい。
これは虫好き子供のあるあるのようです(笑)

ちなみにこのようにカブトムシやクワガタを子供が飼育するのは日本人特有のようで
欧米やブラジルでも「そんな虫を飼ってどうするの?」という反応でした。
カミツキガメをペットして飼うのも日本人だけのようで、日本人って意外と変わった動物が好きな人種なようです。

団地のまわりでは縁の下からアリジゴクを掘り出したり、
粘土質の道では輪ゴムを切ってかっこいいハンミョウの幼虫を釣ったりしました。
近所の大きな家の池からはミズカマキリやタイコウチ、カエルがたくさん取れました。

水生昆虫を飼っていた時は近所の沼によくエサのメダカをすくいに行きました。
メダカはパンくずを投げて集まった時に網ですくうと百匹単位で取れたものです。
雷魚を飼っていた時にはザリガニやカエルもエサとして捕まえてきました。
ザリガニの釣餌はなぜか駄菓子屋の酢イカが一番効果的なのが子供心に不思議でした。

雷魚は小学校の女の子のお父さんが釣ってきたものをプレゼントされました。
30cmくらいの雷魚でしたが、子供頃には随分大きなモンスターに見えました。
女の子のお父さんから「釣り上げた時に雷魚に噛まれて怪我して手を縫った」と聞いて
雷魚の狂暴性にワクワクしたものです。

ライギョくんのために当時まだ珍しかったアクリル水槽をおじさんに買ってもらったりしました。
休みの日はライギョの水槽の前に寝転がって見とれていたものです。
ライギョは随分かわいがりましたが、3年目の夏に水温が上がり過ぎてなくなりました。
ショックで涙が出たのを今も忘れません。

小学校高学年になると熱帯魚を色々飼いだします。
私は基本的に肉食の強力な動物にしか興味がありません。
熱帯魚も自然にピラニア、ナマズ、渓流魚のイワナなどが集まりました。
しかし当時はまだ水中クーラーなどもなくてイワナなども一日で死んでしまったものです。
一日で死んだものにはでかい台湾タガメなどもありました。

当時はまだ今ほど飼育器具も進んでませんし、ペットショップの親父にだまされて
変なものをよく買わされたものです。
それでも無駄に多くの動物を死なせてないので、当時の経験は今でもずいぶん役に立ってます。

ピラニアは丈夫なので30cm以上に育ちました。
一度調子を崩した時には噛まれるのを覚悟で、手からエサを口に強制給餌して立ち直らせたりもしました。
ピラニアくんは転校時に親友の海宝くんに飼育を引き継いでもらいました。
ピラニアやアマゾンナマズたちは私にアマゾンへの夢をくれました。
その後、開高健さんの「オーパ!」を読んでアマゾン行きを決意したのはアマゾン釣行記に書いた通りです。

爬虫両性類もミドリガメに始まって色々飼いました。
イモリなども飼いやすい動物です。
今は一般的になったスッポンも、当時子亀で買ったものはなぜか1−2週間で死ぬことが多かったです。

カミツキガメはずっと狙ってましたが、小学5年生の時にお年玉で買いました。
水生動物最強のカメを手に入れて天にも昇る気持ちでした。
しかし購入後すぐに旅行に行かなければいけなくなりました。
あいにく導入した水槽のサーモスタットの調子がよくありません。
当時のサーモは現在のような電子式ではなくネジの手動のバイメタルです。

一日くらい寒くても死にはしないのですが、バカな私は
ピラニアの水槽に産卵箱を入れてその中にカミツキベビーを入れて旅行に行ってしまいました。

旅行から帰ってきてピラニア水槽の産卵箱を見ると何もいません。
そしてピラニアの水槽の底には無残に甲羅だけになったカミツキベビーちゃんがいました。
カメだから産卵箱は登れないだろうと思った自分のバカさにショックを受けました。

カミツキベビーを購入したのはデパートの屋上のペットショップでした。
当時そこには甲長30cmくらいのカミツキガメが、90cm角の水槽にデンと鎮座してました。
当時の私にはそのカミツキガメは巨大なカミツキガメの親分に見えました。
巨大なカミツキガメに見とれて水槽の前に1時間くらいへばりついて
ペットショップの親父に呆れられたりしたものです。

カミツキベビーを死なせた私は「やはり小さいのじゃダメだ」と思いました。
そして有り金全部はたく覚悟を決めてペットショップの親父にカミツキ親分の値段を聞きに行きました。
しかしながら親父の返事は
「君は色々買ってくれてるけど、こいつだけは危なくて子供には売れない」と
冷たく言われました。

私はその夜、秘かに「大人になったら誰よりも大きなカミツキガメを飼ってやる。
でっかい水槽や池だって造ってやる」と決意しました。
そして当時は毎晩でかいカミツキガメをでかい設備で飼っていることを
あれこれ想像しながら笑顔で眠りにつくのでした。

しかし当時はまさかその後ペットショップを始めて、アメリカの生息現地を訪問したり、
日本一大きなカミツキガメやワニガメを輸入することになるとは夢にも思いませんでした。
しかし子供の頃の夢というものは大きなモチベーションになるものですね。

当時の私の大人になった時の夢は海外での野生動物保護官か、プロレスラーでした。
それを思えば今の仕事はわりと同じ方向で夢がかなっているようです(笑)

子供の頃は変わった動物ばかりに興味があり、哺乳類はハムスターくらいしか飼ってませんでした。
その後父の仕事で四国の松山に転校しました。
我が家の前に秋田犬保存会の方が住んでいたこともありメスの秋田犬を飼いました。

しかし中学生になった私はトレーニングに興味が集中してしまい、犬の世話の中心は弟が行ってました。
しかしその秋田犬も再度の転校により、飼育を途中で断念したことは、今でも心の傷として残ってます。

幸い今は動物の仕事を行い、時間も世話も自由にできます。
動物たちがかわいそうになるようなことがないように日々努力したいですね。


秋田犬のカオリちゃん


カオリの子供たち。
秋田犬の子犬は熊の子供みたいでムクムクかわいいです。





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