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 ピットブルのボー
     愛犬ボーの追悼記



ピットブルが死んで三週間経ち、ボーの世話をしない生活にも慣れてきた。
犬がいないと好きな時間に寝て、好きな時間に起きられる。
チワワは基本的に妻が世話しているので、仕事に没頭出来る。

私は犬はずっと家来だと思ってた。
ボーを連れて自転車で散歩すると行き交う人がみんな笑顔で見ていた。
妻も「ボーは私は家来でございますという顔をしてピョコピョコ歩いてる」と笑ってた。

しかしボーがいなくなって思うのは、家来だけではなくて、彼女のような存在だったと気付く。
結婚してからは妻が愛情の対象だけど、結婚する前は随分精神的に支えてくれたんだなと改めて思う。

だから私は雌犬が好きなんだよね。
犬は家来、彼女、ボディガードと色々な役目を果たしてくれるね。

写真は若い頃に毛布でロールにしてあげたら嬉しそうに寝てるボー(笑)
犬って嬉しいと笑うんだよね。



ピットブルの形見の首輪の匂いが強くなってきた。
「銀杏みたいな匂いするよ」と妻も言うので、永久保存のために色物漂白に漬けて、日光に干した。
首輪を干していると、日光浴が好きだったボーが陽を浴びてるみたい。
Red Bowという名前は「赤いリボン」という意味だったから。

首輪は乾いてもまだ少し匂いがする。
ピットブルは死んでからも強いんだな(笑)
ボーが死んで一週間経つと少し気持ちも落ち着きます。
犬はけなげな生き物なので、飼い主が悲しんでいると天国で心配するからね。
今はボーが私の背中を押してくれている感じがします。



犬の幸せとはなんだろうと考えます。

うちのピットブルも子犬の時はとっても反応が良くて、名前を呼ばれたらすっ飛んで来た。
目がキラキラして、物覚えもとっても良かった。
弟と犬二匹の四人生活は、大きな犬小屋の中で人間が一緒に生活しているようだった。
弟は犬と寝るのが好きなので、二頭は弟と一緒に川の字になって寝ていた。

弟が結婚して、お互い一頭ずつを連れて暮らし始めた。
二人でマンションで暮らしていた時は一緒に公園に行ったり、夜は一緒にテレビを見たりした。
犬がいれば結婚なんかしなくても、ちっとも淋しくないと思ってた(笑)

「ボーはボクがいないと生きていけないけど、修ちゃんは一人でも生きられるでしょ」
と言われたと、今でも妻は笑い話にしている。

そんな私も奇特な彼女に拾ってもらって結婚した。
結婚すると犬の部屋と生活スペースは別になった。
せっかくきれいにした絨毯や寝室を大型犬はウロウロさせられない。
可愛がってはいたけど、以前と扱いがちょっと変わってしまって気の毒だった。

それでもお店にはいつも自転車で一緒に通って、店番は私の机の横のケージで一緒だった。
お店が暇な時は店内で遊ばせていた。
しかしお店を卒業して、家と事務所を兼にした頃からちょっと頭がボケ始めた。
まあ11才の犬は人間なら80才くらいなので仕方がない。

家でも出来るだけ、部屋に出して遊んであげたけど、もう一人でゆっくりしているのが好きなようだった。
それでもそれから4年間は以前と変わらず、毎日自転車で一緒に走って運動した。
一年中、雨の日以外は休んだことがない。
ご飯も優れたドッグフードをあげていたので栄養的には満点だった。

しかし最後の4年間は、必要な世話は完全に行っていたけど、少し頭のぼけた犬とはしっかり心が通じてなかった。
寒かったり、苦しいことは全くなかったけど、一般の家庭のように、
週末は一緒にキャンプのような生活はさせてあげられなかった。

私は犬を飼い始める前には一年間くらい熟考して、一生の責任を取れるか考えた。
当時は会社員だったから転勤などの可能性もあったから。

最初に飼い始めたのはオスのジョージだったけど、
「何があってもこいつを手放すことはしない」
「いざとなったら会社を辞めるだけ」と思ったら決心が出来た。
結局その時の覚悟がその後に本当になるのだけど(笑)

昨年の三月にジョージ、今年の二月にボーを亡くして、一体自分の犬の飼育には何点が付いたのだろうと思う。



ボーの葬式は無事終わりました。
形見に残ったのは首輪と犬歯。
格闘犬の犬歯は飼主の魔除けになるそうです。

私は人間の霊感はあまりありませんが、ペット霊園には沢山の動物の霊がいるのを感じました。
私は変に犬に好かれるので、犬の霊も寄ってくるのかもしれません。
犬の遺体がお骨に変わると、心の中も一区切りしますね。

未だに時計を見ると「あっ、散歩の時間だ。そうか、いないのか」と思ってしまう自分がいます。
ジョージの時から17年間ずっと頭の中で、常に愛犬のご飯と散歩は気にしてたから。
今はチワワ、ウサップ、ワニ、ワニガメを可愛がろうと思います。
今晩はボーのお骨を枕元に置いて寝ます。


ボーはこんな小さかったんだよ。可愛くてチューしてあげたい。
これから外をランニングしてくる。
悲しいことがあると走るのは、私の子供の頃からの習慣。

若い頃は女の子に振られても、町内一走りして、ご飯食べて、よく寝ると
「さあ次行くぞ!」と思えたものだ(笑)
無くなるものがあれば、新しく始まるものもあるからね。


ピットブルのボーが亡くなった。
15年と3ヶ月。
今まで一度も病気をすることもなく、犬としては大往生だ。

つい10日前までは自転車で走っていたのに、冷えか何かの原因で体調を崩した。
人間で言えば100才を超えた体はだいぶ衰えていたのだろう。

私は沢山の動物の死を経験しているので、もっと冷静に対応出来ると思ってた。
父が死んだ時もこんなに悲しくなかった。沢山泣くと頭が痛くなることを初めて知ったよ。

ボーが亡くなった今は少しほっとした気分だが、苦しんでいる姿を見るのはつらかった。
苦しみが早く終わるよう、安楽死も頭にあった。
また獣医の手を煩わせるくらいなら、自分の手であの世に送ってあげようかと思うこともあった。

長期間苦しんでいたわけではないが、あえいでいる顔を見ると昔を思い出す。
子犬の時にアメリカから一緒に帰ってきたことが頭に巡る。
初めて会った時もピョンピョンと私に飛びついて顔を舐めてくれた。
犬は自分の飼い主になる人がわかるんだよね。
アメリカのホテルでは同じベッドで楽しく寝たものだ。

犬の世話は子犬の時から老犬の介護までが1セット。
大変だったこともすべてが良い思い出。
人は犬から色々なことを学ぶ。
私も犬を飼い始めてから、優しくなったと人に言われた。

ボーは今頃、天国でうちの父と、雄犬のジョージと遊んでいることだろう。
父はよくジョージを連れて私の夢に出てくる。
今後はボーにも夢で会えるだろう。だから何も心配はしてない。

亡くなった時は「さようなら。15年間ありがとう」とボーに言ったけど、
犬はみんな、死んだ後は空の星となって飼い主を守る守り神になるんだよね。
ボーの死は悲しいけど、チワワ、ウサップ、ワニ、カメたちを大事にしようと思う。

私は家族の不幸や悲しみを仕事場に持ち込んだり、友達に見せることはない。
父の死の時もHPの日記などに書いたことはない。
当然ながらお店のHPは仕事の場で、私的な悲しみを載せる場所ではないから。

ただ犬は自分の仕事なので、ここで報告することで、
今までボーを可愛がって頂いた皆様に伝えるお礼の気持ちで一杯です。
またこの機会にボーの子供たちの近況もお知らせ頂ければ幸いです。





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