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アマゾン猛魚釣行紀



「黄金の河の虎ドラド」と、重たいシャベルノーズキャット
とにかくエサを投げればいくらでも釣れる(笑)


アマゾンのパンタナルの釣り場はボートから見るとこんな感じです。



釣りを楽しみます。右はガイドくん。
夜に親ボートに戻ろうとしたら嵐になってしまって、ボートが流されて迷子になりました。
それでも真っ暗で方角もわからないのに、なんとか親ボートに戻るのが野生の勘ですごいですね。
やはりジャングルの奥地はガイドがいないと危険です。



アマゾン河では水牛が泳いでます。 
右は「ジャカレ」カイマンです。アマゾンのワニはアフリカのものより小さめです。
アマゾン河ではやたらに岸に上がると毒蛇がいるから注意しろと言われました。



エサのカニを売ってくれた子供達。 右はエサ屋のかわいいひよこたち。



パンタナルの釣り船船内で     アマゾンではピラニアが釣りの邪魔をしますが、食べると美味しいです。


サンタレンで釣れたツクナレ(ピーコックバス)。


私は大学4年時にブラジル南部のポルトアレグレのPUC大学に一年間交換留学に行きました。
大学の夏休みの際にブラジル中を旅行して回りました。

私の子供の頃の夢は自然保護官としてアマゾンやアフリカに行くことでした。
上智のポルトガル語学科に入ったのもポルトガル語を学べば
いつかブラジルとアマゾンにいけるはずという目論みがありました。

大学が休みになるとすぐ地図を片手に旅程を検討し、まずはサンパウロに行って釣具と情報を集めました。
そしてパンタナル大湿原のコルンバと、アマゾン川のど真ん中のサンタレンに行くことにしました。
当時は飛行機のみの予約でホテルの確保は現地に着いてからなので着いてからホテルが
見つからずにヘトヘトになることもしばしばでした。

ブラジルは国内移動でも5-6時間かかることは普通です。
やっとコルンバ空港に無事たどり着きました。釣竿を持って小さな空港にたたずんでいると、
ブラジル人のグループに「お前は釣竿なんか持って何してるんだ?」と聞かれました。
そして「パンタナル釣りツアーに一人欠員があるから乗らないか」と誘われました。
一年以上空きの出ないツアーのようで初っ端から私はラッキーです。

さっそく船に乗り込んで1週間の釣り三昧です。
大きめの船で釣りのポイントに近づくと、小さなボートに乗り換えて更に詳細ポイントに接近します。
まずは投網で魚をつかまえます。
エサの魚といっても10cmくらいある大きいのを、これまた大きな釣り針に付けて釣りをします。

パンタナルはお汁粉みたいなまっ茶色の水なので水中は全く見えません。
魚が釣れても上がってくるまでなんだかわからないのです。
しかし良いポイントでは、ほとんどワンキャストワンフィッシュでした。
黄金のドラドや、でかいシャベルノーズが腕が痛くなるほど釣れました。

ドラドのファイトは素晴らしく、ジャンプするのが楽しいです。
またシャベルノーズのフライは今まで食べた魚の中で一番おいしかったです。
ピラニアの刺身も寄生虫がいるそうです。
しかし現地の土人が食べているのでぼくも食べてみたらスズキのような味でした。

夕方になると蚊の大群が襲ってきます。
これもなぜか私ばかり食われて土人たちは食われません。
お前は蚊の好物だなとからかわれました。
ジャウーも釣りたかったのですが夜釣りが必要なのと時期が違うと言われました。

アマゾンで一番素晴らしかったのは世界最高と言われる夕日です。
日本の夕日のように地平線の一部がオレンジになるのではありません。
360度の空すべてが巨大なキャンバスのように、黄色からオレンジ、紫、青と彩られていきます。
あっけに取られて見ているうちに青から漆黒の夜となり、満面の星がまぶしいほどです。

世界各国を渡り歩いた私ですが、いまだにこの夕日を超えるものは見たことがありません。
驚愕の夕日に見とれながら生きてきて良かったとさえ思いました。
これだけ広大なものを見ると日本での悩みなど本当にちっぽけに感じ、
おおらかな人達と接していると人生の価値観が変わります。

ボートの中では当然釣った魚での自炊となります。
みんな料理が上手で、毎日魚でもまったく飽きませんでした。
しかし寝る前のシャワーは川からくみ上げた水なのでまっ茶色です。
ばい菌だらけとも聞きましたが、ぜいたくは言えないし猛暑の中ではそれでもありがたいです。

丘に戻ってホテルには小学生の子がいて、空手を教えてあげたら
レストランに招待してくれてごちそうまでしてくれました。
私がお金を払おうとしたら
「イザキ、お前はお客さんだから俺が払う」
なんて子供から男気を見せられましたよ。
小学生から友達を大切にする心は日本人も学びたいですね。
彼は大人びたいのですがレストランで中学生くらいの女の子たちにからかれて不機嫌そうでした。


さて大漁だったパンタナルを後にして次に目指すのはアマゾン川本流のサンタレンです。
不安定なプロペラ機に揺られて到着したサンタレン空港はまたびっくりするくらい小さな赤土の原っぱでした。
さてホテルでも探すかと思っていたら、
日本語で急に「お前は釣りに来たのか」とまたもや訪ねられました。
彼は日本人会の会長に勤める方でさっそく彼のトラックに乗せられて
会長のお宅に泊めて頂くことになりました。

会長宅に着くとなんと実はかの名著オーパの開高さんたち一行も彼のうちから釣りに出ていたとのこと。
またもやこれは天の恵みです。
もとはと言えばアマゾンにあこがれたのも高校時に読んだ開高さんのオーパがその原点です。
(オーパとはポルトガル語で驚いた時に発する言葉)

会長さん宅に1週間お世話になり、ここではカショーホやツクナレを釣りました。
ただで泊めて頂いたので寝るのはベッドではなく倉庫のハンモックです。
倉庫の二階は蚊も来ないし、一日目に首が痛くなったことをのぞけば涼しくて大変快適です。

会長の家には沢山のブラジル人の使用人がいました。
男女共、筋骨たくましくて、さすがアマゾネスだ。
夜中になると若い日本人の私が珍しいのか女の子が夜這いしてきます。
アマゾンではピラニアは精力剤で、男を食う女もピラーニャと呼ばれます。

ブラジルの田舎はおおらかな性文化のようで、私は釣りをしに行ったのか、
ピラーニャたちと格闘しに行ったのかわからないくらいでした。
やっぱり空手で体を鍛えておいてよかったな(笑)

一緒に留学していた上智の女の子にも「イザキ君は日本人だけど体力で外国人に負けないから良いね」と言ってくれた。
ブラジル人も「Japonesには二つの種類がある。一つはやせてて弱くて簡単に金を取れる日本人。
もう一つは歩き方にスキがなくて襲ってはいけない武道家の日本人」とよく言っていたから。

私もサンパウロの街を歩いていたら「お前は武道をやっている歩き方だ。是非オレの道場に来い」と誘われたことがあります。
しかし彼からはホモの匂いが若干したので着いていくことはありませんでしたが(笑)

釣りに出ない時には近所の子供たちとサッカーをしました。
ブラジルは当然サッカー王国なので各地でサッカーは大変盛んです。
裸足でサッカーに興じる子供たちのレベルの高さは驚くほどです。
夢中になってサッカーをしているとボールが木の上に引っかかってしまいました。

背の高い私がボールを取りに登ったのですが、その夜から頭の中が火が吹いたようなかゆさです。
これはムクイン(ダニの一種)にやられたのだと気付きました。
現地の人にかゆさを訴えても「レモンでも付ければ」とクスクス笑うばかりで、
1週間髪の毛の中はずっと火を吹いているようでした。
動物好きはジャングルではダニも愛せないと無理ですね。

アマゾンでは子供達がおもしろい話をしてくれます。
アマゾン流域のおうちではマカコ・ダ・ノイチ(夜の猿)というのが出るそうです。
夜仕事から帰ってくるとテレビの前にそれは座っているそうです。
体は毛むくじゃらなお猿で「誰だ!」叫ぶと、振り返ったその顔はなんと人間だそうです。
恐るべし夜の猿!
でも私は一度も出会いませんでした(笑)

その後アマゾン河の河口の街のベレンに向かいました。
ベレンでは東京外語大の片山君が遊んでくれました。
ベレンの街はUFCのリョート町田選手の故郷だけど、コルンバやサンタレンと違って治安が悪く、
街のランニングも止められたくらいでした。

片山君と名物のおいしいカニを食べに行って、その後、彼はコレラになってしまったのが気の毒でした。
同じ物を食べたのに私は大丈夫でまたラッキーでしたね。

当時は世界のどこに行くのも一人旅でした。
私の体力やスケジュールにに付いて来られる人もいないし、一人は気楽です。
困難にぶつかっても自分で解決しなければいけないので対応力と根性が付きます。
また逆に他人の親切をありがたくも感じられます。
一人旅は楽しいロマンスに出会うこともありますからね(笑)





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